剥き出しの足黒人鳥
ガスストーブでガンガンに暖めたリビングに一人、私は楽しみにしていたテレビ番組を観ている。リアルタイムで観ることが叶わなかったため、仕方なく録画なのだけれど。
最初は意識して背筋を伸ばしながら座っていたのに、気を抜けば猫背になる私の背部。
それにしがみつき、「おんぶしてよ〜」と言わんばかりに二足立ちをしながら甘える愛猫、マル。
その名の通りマルは本当に真ん丸で、年々球体に近付いていっている。いつかはボールになるつもりなのだろうか、と思う程に。
これは飼い主の甘やかし過ぎと、本人ののんびりした性格がそのまま体型に現れた結果なのだろう。
然し、そこもまた愛おしい。
「お前は本当に可愛いな〜。」
マルを膝元に手繰り寄せ、頭、喉元、背中、お腹、兎に角至る所を優しく撫でてやる。
マルはゴロゴロと喉を鳴らしながら、気持ち良さそうに目を閉じる。
あぁ、私も猫になりたい。
猫になって、マルと仲良く遊んだり、話をしてみたい。そして、私も人間から優しく撫でられてみたい。
ずっと一緒に居られたらいいな。
そんな幸せな願望の後には、叶わないことへの寂しさが必ず追いかけてくる。
誰かが言った。
「動物はきっと自分より早く死ぬのだから、常に覚悟はしておいた方がいいよ。」
そんなこと、言われなくても解ってるよ。
そうじゃないんだ。頭では追いつけたとしても、心はいつも追いつけないんだよ。
覚悟なんて出来るなら、居なくなってしまう前からこんな気持ちにはならないし、例え今覚悟したつもりになっていても、きっと本当にそんな日が来た時、そんな「覚悟」なんて硝子のように簡単に粉々に割れてしまうものだって思い知り、余計に辛くなってしまうだろう。
「愛は人を強くする」と言う人も居るけれど、私にとって「愛」は、心が直接傷付いてしまわないように周りに張っていた結界を溶かしてしまう程に熱くて、弱さが剥き出しになってしまうものなのだ。
愛を知る度に私の弱さは直接空気に晒されて、心の形が変わる位に傷が付いたり穴が空いたりして、歯を食いしばる程本当に痛い。
痛いのに、愛を量産しては、また傷付いている。
あぁ、それでもずっと一緒に居られたらいいな。
この幸せな願望と、叶わないと解っている寂しさの追いかけっこは、きっと私が死ぬまで続くのだ。
しまった。テレビを観ている途中だったのに、ついマルのことや自分の感情に夢中になって、全然観ていなかった。
マルを撫でる右手は止めないまま、再びテレビの方へ目をやる。左手でリモコンを操作し、観ていたところまで巻き戻す。
そうそう、いい所だったんだ。
毎年この時期に放送するこの番組が好きで、初回から欠かさず観ている。
ふと気になって調べてみると、初回放送は20年も前のことだった。
その頃、私はまだ子どもだった。
子どもだったんだな。
今どきの言葉で表すと、こういう気持ちを「エモい」と言うのだろうか、と思ったが、私はこの気持ちを一言で片付けてしまうような寂しいだけの感情にしたくなかった。
テレビの向こう側のあの人達は、毎年この一瞬のために長い人生を賭けているように見える。
子どもの頃は何も考えずにただただ楽しむだけだったのだけれど、大人になると、自分の経験や感情に重ね合わせてしまうものなのだろうか。
身振り手振りを大きくしておどけてみせる人、息継ぎの暇も無く声を張り続ける人、動きは少ないけれど言葉の表現力で勝負をする人、様々だった。
これだけの人で溢れているのに、全く同じものはそこには無かった。皆、納得いく「らしさ」を突き詰めている。
それは自分だけのためじゃなく、誰かのためだけじゃなく、自分のためであり、誰かのため。
言葉で、声の音程・強弱で、表情で、全身で表現をして、名前も顔も知らない誰かを笑わせようとする。
結果、万人受けしなかったとしても、この世の中の誰かを確実に笑わせていることに違いないのだから、本当に凄いことではないだろうか。
格好をつけない、寧ろ格好悪く見せている、格好良い人達ばかりだ。
当たり前だけれど、皆本気だから、もはや格闘技を観ているような気分にさえなってくる。故に、あのタイトルなのだろうけれど。
勝って喜ぶ者が出てくるということは、当然負けて悲しむ者や悔しがる者も出てくるということ。だからこそ、真剣にふざけている様が残酷な程美しく思えた。
こういうものを見た時に涙が出るのは、様々な感情がミキサーにかけられてぐちゃぐちゃになるからだ。とてもじゃないけれど整理がつかない。
だけどそれを言葉で表したくて、私はいつも気持ちに追いかけられて、浮かんでくる言葉たちに揉みくちゃにされて、出そうとする声にぐるぐる巻きにされる。
この気持ち、何ていうんだっけ。
どう表せばいいんだろう。
どう言えば伝わるのかな。
こういった気持ちの整理に「悩んでいる」と言えば聞こえが良すぎるし、「苦しんでいる」というには言い過ぎなような気がして、私は言葉にならない此処に縛り付けられて動けなくなった。
その時、おじさんがテレビの向こう側でみっともなく涙を流しながら、たった5文字の言葉を発した時、ハッとした。
それに勝る言葉を私はずっと捜し続けてきた。
そのために遠回りをしてきたけれど、結局そいつには敵わない。
敵わない。本当に狡い言葉だな。
私のこの気持ちは、きっといつまで経ってもどんな言葉に表したとしてもスッキリと腑に落ちることは無いのかもしれないけれど、こういう瞬間があるだけで随分と違う。
背中の痒いところに、ほんの一瞬だけ指先が届いた時のような、微かな気持ち良さと達成感に似たような気持ち。
「あ、マル・・・寝ちゃったのね。」
私はテレビを消して、マルと共に寝そべって目を閉じた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
𓅹 足黒人鳥・・・足黒ペンギン(ケープペンギン)
鳥言葉:傷つきやすい心