海鴉が鳴いている⑺
一体どれくらいの時間が経っただろう。
震えは収まったが、まるで封筒を握っている指先以外の神経が麻痺しているかのようだった。
力が入らない。
何度も何度も深呼吸を繰り返す。
そして、覚悟を決めた。
机の引き出しからハサミを取り出し、丁寧に封を開ける。そして、また微かに震え出した手で二つ折りにして入れられている便箋を取り出し、ゆっくりと広げた。
ーーー
シオへ
初めて貴女に手紙を書きます。
私の想いが届くと信じて。
きっとこれが最後になるだろうから、これを機に全てを白状します。
私は、貴女を友人だと思った事は一度もありません 。それは花火大会の時に伝えた言葉の通りで、私は最初から貴女のことが好きでした。
教室で私の目の前に座っていた貴女は、いつも一人だった。本当は周りが羨ましくて、一人で居るのが寂しいくせに。必死に強がっているのを私は知っていました。
何故なら私も同じだったから。シオは私のことを強い人だと思っていたかもしれないけれど、本当はそんな事無いのです。心の中ではいつも何かに怯えて生きてきました。
だからこそ私は貴女を放っておけなくて、いつも後ろからその小さな背中を見つめていました。
私達が初めて話した時の事を憶えていますか?あの時、机を枕にして眠る貴女の横顔がとても綺麗で、私は目が離せなかった。
好きになるのに大それた理由なんて無い。その瞬間、私は貴女に恋をしたのだと思います。
あの時、貴女の肩に触れた時も、2人で廊下を歩いた時も、貴女の名前を初めて呼んだ時も・・・私は貴女にときめき、柄にもなく心臓が弾んでいました。
私は、自分を友人として慕ってくれる貴女に嫌われるのが怖くて、この想いを必死に隠していました。
一生好きだと伝えられなくてもいい。
貴女が傍に居てさえくれればそれでいい。
それがどんな形であっても。
その時は、無理にそう思おうとしていた。
でも貴女が私に好きと言ってくれた時、私のその考えは間違っていたことに気付かされました。
好きな人に好きと言われることがこんなにも嬉しくて、好きだと伝えられることがこんなにも幸せだということを、私は貴女に出逢って初めて知りました。
シオ。私に好きだと言ってくれてありがとう。そして、好きだと言わせてくれて、本当にありがとう。
こんなに人を愛することが出来る強い私にしてくれたのは、他の誰でもない貴女でした。そんな貴女をこの世の柵から守ることが出来るのなら、私はもう二度と貴女に会えなくても構わないとさえ思えた。
こんなのは愛ではなく、自分勝手なだけだとシオは怒っているかな。結局、貴女を余計に傷付けてしまっただけなのかな。こんな方法でしか貴女を守れなかった私を、どうか赦して下さい。
大人になり、互いに他の誰かを好きになって、例え鮮明に思い出せなくなったとしても・・・貴女はもう、私の一部なのです。
朝目覚めた時、貴女に会えない現実に、寂しさや苦しみが襲ってきても、貴女が今日も何処かで生きていてくれるなら、私はそれだけで生きていける気がしています。
貴女はきっと素敵な大人の女性になるのでしょうね。それを想像するだけで、自然と笑みがこぼれます。
シオ、どうか幸せになって。
私の願いはそれだけです。
そのことだけは、どうか忘れないで。
さようなら、愛しています。
アラタより
ーーー
言葉にならない想いが、嗚咽となって溢れ出す。
例え会えなくても、私は今日までずっと彼女と共に生きていたのだ。私が消えてしまいそうな時に思い留まれたのは、やはり彼女が守ってくれたからだった。彼女が夢に現れ続けたのだって、決して偶然では無いのかもしれない。
離れていても、心はずっと繋がっていた。
どうして今日まで気付けなかったのだろう。
アラタ、ごめんね。
貴女も私と同じだったのに。
本当は貴女も怖くて堪らなかったのね。
それでも貴女は、私を守ってくれた。
私は、いつも自分の事ばかり・・・。