夕焼けに消えた沢鵟
「君は本当に可愛いな。」
「大好きだよ。」
「ずっと一緒に居ようね。」
その言葉が、その声が、それだけが頼りだった。
この世界の特別にはなれないと知ってから何者にもなれなくなった私が、この先の未来をただ平凡に、けれど幸せに歩いて行くための道標だった。
何者にもなれない私が、何者かになれると思えた。
ライターで煙草に火をつける。
ジュッと音を立てながら吸い、グラデーションに輝く夕焼け空の境目を探しながら小さく煙を吐いた。
それと同時に、自身の体内から何かが引き離されて行ってしまうような感覚がした。
あれはきっと、私の大切な道標。
それはこんなに些細な吐息で空の向こうへ飛んで行ってしまうような薄っぺらなものだったのだろうか。
「お願いしま〜す。」
右側から声を掛けられ、ティッシュ配りかと思って何気なく受け取ると、安っぽいチラシで拍子抜け。
私にとっては、こんなのただのゴミ屑だ。
もう何もかもペラッペラに見えて笑えてくる。
そんな笑いも直ぐに消える。
力一杯グチャグチャにして、石みたいに固めてゴミ箱へ捨てた。
あの時、何より信じていたものが、今では何も信じられない。
1日、1年と時間が経過するに連れて、全く違うものに変わって行ってしまったのだから。
私が今眺めているこの空のグラデーションのように、ゆっくりとね。
赤から、青へ・・・。
それは、目を見張るような美しさだった。
色の境目など見えないくらいに。
だけど、そんな美しさなんてクソ喰らえだ。
私を余計惨めにさせる。
「昔は可愛かったのにな。」
「何で好きになったんだろう。」
「君は1人でも生きていけるよ。」
嗚呼もう・・・うるせぇな。
信号機が青に変わる。
何食わぬ顔をして横断歩道を渡る蟻の大群。
それが大軍となり、私の方に近付いてくる。
私は一人だ。
この大軍に攻められたら、間違いなく殺られてしまうだろう。
白旗を立て、青の信号機から背を向けて逃げ出した。
ただ走っている。何かに向かって。
だけど何処まで行ったって、もうあの頃の赤には戻れない。
それだけは解っている。
では一体、私は何処へ向かっているのだろう。
何処へ向かえば良いのだろう。
誰か教えて。
私は独りだ。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
𓄿沢鵟(チュウヒ)
鳥言葉:ささやかな幸せ