海鴉が鳴いている⑷
私達は晴れて恋人同士となった。
と言っても、“恋人”という肩書きなど、私にとって大して重要では無い。彼女と心が通じ合えたということだけで十分幸せだった。
学校ではいつも通り仲の良い友人として過ごした。今までと違うところは、それに加えて休日も頻繁に会うようになり、一緒に居られる時間が多くなった事だ。互いの家に行き来するようにもなった。
お互いの両親から見れば、私達は“仲良しのお友達”だったので、優しく見守ってくれた。特に私の両親は、「娘はあれだけ学校に行くのを嫌がっていたのに、最近は毎日楽しそうに学校に通ってくれるようになった。」と喜び、彼女に対しても「新ちゃんには本当に感謝している。」と言ってくれる程だった。
朝目覚める度に、「今日も彼女に会える!」と心が踊り、自然と明るくなれた。デートの前日も、「明日は1日中一緒に居られる」と、待ち遠し過ぎて夜も眠れない程だった。
恥ずかしくなる位に、恋をしていた。
今まで出逢った誰よりも。
ーーー
「あの2人、いつも女同士でベタベタしていて気持ち悪くない?」
終わりの始まりは、名前も知らない誰かの些細な一言だった。
それは私達が想像するより遥かに速いスピードで広がった。
クラスメイト、同級生、上級生、そして教師・・・。
皆、私達のことを“そういう目”で見るようになった。
それでも、彼女は何も変わらなかった。
「愛し合うということに性別なんて関係ないよ。私は、シオだから好きなった。ただそれだけ。そんな小さなことを気にする人間は、きっとまだ本当の意味で誰かを愛したことがないんだよね、可哀想な人達。」
そう言って私を安心させようと笑いかけた。
然し、私は怖くて堪らなかった。
近い将来、2人の仲を引き裂こうとする人間がきっと現れるだろうと、予感してしまっていたから。
ーーー
ある日の放課後。私達は、生活指導と担任から別々に呼び出されていた。
この学校の名前も知らない生徒が、私達と同じ花火大会に行っていたらしく、偶然にも一度キスを交わしたところを目撃したというのだ。
それを先生の口から聞いた後、私は大人の言いたいことが大体予想出来た。
きっと、私達の関係が本当に恋人同士かどうかを確認した後、「周りの目を考えろ」、「風紀を乱すな」、「大人しく別れなさい」・・・
そういう風な事を言われるのだろう、と。
そして、その予想は見事に当たった。
「私は、同性愛が悪いと言っている訳じゃないのよ。でもねーーー・・・」
だとしたら、一体何が悪いと言うのだろう。皆の前で関係を暴露した訳でもないのに。先生の言う“悪影響を及ぼす”ようなことは何もしていない。
「先生は結局・・・周りは結局、私達に嘘をつかせて、“普通”で居て欲しいだけじゃないですか。」
涙を堪え、俯いたまま、小さな声で呟いた。
「そういう訳じゃないのよ。でもね、周りの目もあるし・・・」
全て言わなくても、相手の思っていることは容易に想像がついた。堪えきれない涙をみっともなく垂れ流しながら、力強く睨みつけた。
「“周りの目”って言いますけど、それって私達が引き裂かれなきゃいけない位、大事なものなんですか?先生達には関係ないじゃない!」
異性の彼が居る子と私達とでは、一体何が違うと言うのだろう。私だって、皆と同じように真っ直ぐ誰かを愛しているだけだ。
壊れてしまった涙腺。止めどなく水分が溢れ出してくる。
私達のことを何も知らない人達から、“気持ち悪い”と言われ続けた事に対して傷ついたからではない。その心無いナイフが突き刺さった痛みなんかより、この理不尽な世の中がずっと辛く、恨めしいのだ。
私はアラタのように強くはなれない。誰でもいいから、第三者が私達のことを理解してくれたらどれだけいいかと、弱い心で願ってしまう。
その願いが誰にも届かないことが心細くて、私の心はいとも簡単に折れてしまいそうだった。
ーーー
感情的になってしまった私とは対照的ではあったが、彼女も冷静に大人に歯向かったようだった。
埒が明かないと判断され、それぞれの両親が呼び出された。
大人が言う事はただ一つ。「他の生徒に悪影響を及ぼす」ということであったが、私達は最後までその理屈に納得がいかなかった。
教師は、表面的には私達の事を考えている風に装って優しい顔をしていながら、その他大勢の生徒達のために、たった2人の“悪”を成敗したがっていた。
お互いの親は、大人の言うことを聞かない“出る杭”である2人に対して、鬼のような恐ろしい顔をしてその杭を打ち、私達の人格さえ否定し、軽蔑し、大人の思い通りの道の上に置こうとした。
私は今まで生きてきて、こんなに1人の人間を心から愛したことはなかったけれど、それと同時に、こんなに世の中や周囲を心から恨んだことも無かった。
この気持ちは、きっと誰にも分からない。
分かる筈がない。
分かってたまるか。
皆、嫌いだ。