海鴉が鳴いている⑶
私達はいつも2人で居るようになった。
彼女は、見かけによらずよく笑う人だ。中身は明るくて可愛い普通の女の子で、今まで出逢ってきたどんな子より純粋だった。当初抱いていた偏見を恥じる程に。
クラスメイトは私達の空気の中に入れないのか、それとも敢えて入ろうとしないのかは分からないが、挨拶と軽い会話くらいしか言葉を交わさなかった。でも、そのおかげで私は彼女をいつも独り占めに出来て嬉しかった。
ーーー
夏休みを目前にした、終業式の日。
「シオは花火大会行くの?」
「行かないよ。中学の友達は、彼氏と行くみたいだし・・・。皆、友達より彼氏で本当つまんない。」
「じゃあ、一緒に行かない?」
「えっ!?行く!行きたい!!楽しみ!!!」
「あんたって本当にいつも大袈裟だよね。」
彼女と校外で会うのは初めての事だった。
幾ら仲が良くても、気軽に誘っていいものかと気を使っていたのだが、まさか彼女の方から誘ってくれるなんて・・・!
しかも夏休みに会えるとは思ってもみなかったので、私は逸る気持ちを抑えられなかった。
ーーー
花火大会、当日。
様々な屋台が並んでいる神社の前。19時にそこで待ち合わせをしていた。
周りを見渡す限り、人、人、人・・・。
正直、私は人混みが苦手だ。いつも人酔いをしてしまうのだが、今の私はそんな事より彼女に会える喜びの方が遥かに勝っていた。
私は普段、お洒落に髪の毛を結ったりはせず、学校でもポニーテールばかりなのだが、今日は母にお団子ヘアにしてもらった。そのお団子には、キラキラと揺れる簪を刺している。浴衣は母のお下がりで、紺色の生地に色とりどりの朝顔が咲いている。そして、芥子色の帯。足元は紅い鼻緒の下駄。歩く度にカランコロンと音を立てるのが何とも心地良く、それが聴こえてくる度に胸が弾んだ。
巾着を左腕にぶら下げ、携帯電話を右手に持ったまま彼女を待った。
一応、到着したことを報告する内容のメールを送ったのだが、待ち合わせ時間より少し早かったかもしれない。私は、絵に描いたように浮かれている。
「ごめん、お待たせ。」
髪の毛は、いつものようにヘアワックスでセットされており、黒いTシャツにダメージジーンズというシンプルでラフな格好。耳には無数のピアス。そして、まるでシド・ヴィシャスが付けているような南京錠の付いたネックレスを首から下げている。細い腕には、少し大きめのブレスレットと黒い腕時計。私に向かって手を振っている長くて綺麗な指には、幾つもの指輪が填められていた。
一見、男の子のようにも見えたが、普段の地味な制服なんかより此方の方が断然似合っていて、それがまた彼女らしいと思った。
「浴衣、可愛いね。」
私はまるで彼氏に褒められたような気になって、心臓が大きく跳ねた。
「あ、ありがとう・・・。」
「何照れてんの。“浴衣”が、だよ。」
八重歯を見せて悪戯っぽく笑う彼女。からかわれたことが恥ずかしくて、私は真っ赤になって膨れた。
ーーー
「そろそろ花火始まるよ!」
一通り屋台を見て回った後、腕時計に目をやりながら彼女が言った。
強引に手を引かれ、彼女を先頭に私達は人混みの中をかき分けながら急ぎ足で歩いた。
彼女の左手に握られた私の右手が、熱を帯びている。
今日の私、どうかしている。
「あ、ここだとよく見えるかも。」
「・・・うん。」
「どうした?足痛いの?」
「・・・ううん、何でもない。」
「本当に?」
心配した様子の彼女が、俯いた私の顔を覗き込もうとした。
近い、近い近い近い!!!
真っ赤になった自分の顔を見られたくなくて、彼女から離れようと咄嗟に仰け反り、両手で顔を隠した。
「あ・・・ごめん。嫌だったね。」
違うんだよ・・・
私、おかしいんだ。
貴女は女の子なのに。
私は貴女にときめいてしてしまっている。
ーーー
花火が始まった。
私達は、無言でそれを見ていた。
ドン、と大きな音を立てる度、心臓に響いて微かに痛い。
ドン・・・ドン・・・ドン・・・
私は一体どうしたのだろう。
心臓が苦し過ぎて、油断すると涙が零れそうになる。痛いのは、花火のせいだ。そう言い聞かせても、この苦しさは変わらない。
あれほど彼女と一緒に見るのを楽しみにしていたのに。
美しい花火から、思わず目を逸らしてしまった。
「シオ、体調悪いなら帰ろう。無理しなくていいよ。」
先程、私の方から拒絶してしまったので、今度は控えめに私の耳元へと顔を近づけ、心配そうな優しい声で彼女は言った。
違う、違うんだよ・・・。
体調が悪いのではないし、彼女に近づいて欲しくない訳じゃない。彼女はきっと私のことを友人として見てくれているのに、私の気持ちは少し違っていることに気付いてしまって、苦しくて堪らないんだ。
そして、そんな私を、一番嫌われたくない彼女に拒絶されてしまうかもしれないことが怖い。
我慢していた涙が、次々と溢れる。
怖い。それでも・・・
気持ちが溢れ出して止まらない。
「私・・・アラタが好きだ。」
力の無い私の声が、花火に歓声を上げる人達の声に掻き消される。
「なんて?ごめん、聞こえない。・・・え、どうした?泣いてるの?」
「私、アラタが好きだ!!」
ヤケになり、今度は彼女や周りにも聞こえてしまう位に大きな声で叫んだ。
彼女は、こぼれ落ちてしまいそうな程、大きく瞳を見開き、動かなくなった。そして私も、彼女が映る鏡の向こう側に居るように、一緒になって動けなくなった。
2人の時間だけが止まってしまったように感じた。
暫く動かないでいると、再び花火の音が聞こえ始めた。どうやら第二部が始まったようだ。私達はもうとっくに花火のことなんて忘れてしまっている。
やがて我に返った彼女は、今まで見開いていた瞳を細め、世界で一番綺麗な顔をして笑った。
「シオ、私は最初から貴女が好きだよ。」
私を強く抱き締めた後、彼女は私にキスをした。