鳥たちよ、自由に羽ばたいてゆけ

私たちもいつか羽ばたけると信じて

海鴉が鳴いている⑵

何とか腹痛を耐え抜き、式が終わった。

それぞれ振り分けられたクラスへと向かう。極度の人見知りの私が初日から見知らぬ人に話し掛けられる筈も無いので、ただただ俯きながら廊下を歩いた。

 

教室に入ると、黒いお下げ髪の群れ。

周りは早くもグループが出来ている様子だった。

「何処の中学?」「なんて呼べばいい?」等、当たり障りのない言葉たちが、彼方此方で宙を舞っている。私はそれを避けるように、教室の隅に立って自席を探す。

 

・・・あった。窓際の後ろから二番目。あぁ、惜しい。出来れば、一番後ろが良かったな。

 

私の席の後ろには、既に誰かが座っている。目が合うのが怖くて凝視は出来ないので、相手にバレない程度に遠くから視線を送った。

一際目立つ、栗色の髪の毛。男の子のように刈り上げられたベリーショート。それはヘアワックスで無造作に固められている。透き通った白い肌。鉛筆で描いたように細く剃られた眉。その眉間に皺を寄せ、目を細めながら、ブックカバーに包まれた本を読んでいる。

不覚にも彼女に目を奪われた。一瞬見ただけでこんなにも沢山の情報が入ってくる程、衝撃的な見た目だった。

 

この学校にも、こういう人が居るんだ・・・。

 

彼女は、見た目だけではなく、独特のオーラも併せ持っていた。そういう人に私は初めて出逢った。

いや、でも確かに彼女には似合っているが、どう見てもこの地味な制服や学校には不釣り合いではないだろうか。

というか、茶髪は校則違反では・・・?

まぁ、他人事だし、どうでもいいか。面倒な事には関わりたくないので、そっとしておこう。

 

 

 

ーーー

 

 

 

結局、思っていた通り、一人で過ごす時間ばかりが経過した。

私も後ろの席に居る茶髪の彼女と同じで、“近付くなオーラ”を無意識に出しているからかもしれない。そんなつもりは無いのだけれど・・・。

早くも群れで行動しているクラスメイト達のはしゃぎ声を耳にしてしまうと、少しの羨ましさと寂しさを感じてしまう。それを紛らわすため、休み時間は自席でうつ伏せになり寝たフリをしていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「あのさぁ。」

低くて無愛想な声がすると同時に、右肩を軽く叩かれた。寝たフリをしている間に、つい本当に眠ってしまっていたのだ。

触れられたことに驚き、勢い良く顔を上げた。

「次、移動教室なんだけど。」

初めて誰かに話し掛けられた事に対する驚きと、彼女のオーラと威圧感による恐怖で緊張し、顔が強ばる。

「・・・え。」

「もう皆行っちゃったよ。」

「あ・・・えっと・・・すみません。」

「ほら、早く行こ。」

本当は、授業に遅れて怒られてでも一人で行った方がマシだったのだが、彼女はチャイムが鳴るギリギリまで私が目を覚ますのを待ってくれていたようだった。

断るのも悪いよなぁ・・・。

何より彼女のことが怖かったので、私は大人しく一緒に行くことにした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

私達以外誰も居ない、静かな廊下。

沈黙が続いている。気まずいのを紛らわすためには、自分の足音を頭の中で数えているしかなかった。

 

「名前、なんて言うの?」

彼女はなんの前触れもなくそう言うと、歩きながら隣に居る私を見つめた。

数秒、目が合う。彼女の瞳はその栗色の髪と同じ色をしていて、とても綺麗で目が離せなかった。

緊張のせいで心拍数が上がりきってしまっている。あと少しで爆発してしまいそうだ。

 

「えっと・・・詩音です。」

「シオン?変わった名前だね。んー・・・じゃあ、シオって呼ぶね。私は、新。アラタって呼んで。」

「え・・・、はい。」

彼女の勢いに押され、つい返事をしてしまった。然し、この人を“アラタ”なんて呼び捨てに出来る日など、永遠に来ないのではないだろうか・・・。

 

「試しに呼んでみて。」

この人、私の心が読めるの?怖すぎる。

「アラタ。・・・で、宜しいでしょうか?」

「いやいや、タメなのに何で敬語?」

綺麗な歯並びから、尖った八重歯が右側だけ覗いている。普段はつり上がった瞳で怖い顔をしているけれど、笑うと猫みたいで意外と可愛い。

 

 

「よろしくね、シオ。」

私の名前を呼ぶ彼女の低い声に包まれるような感覚がして、まるで時が止まったみたいだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

彼女は見た目が派手な事もあり、上級生からも目をつけられるような存在だった。嫌味や陰口を言われる事も少なく無かったが、どんな時でも堂々としていた。

彼女だけが茶髪を許されているというのは、最初は私も多少の疑問はあったが、きちんと学校に申請を出しているそうだし、それが地毛ならば仕方のないことだ。

ヘアワックスを付けるのは校則違反だったので、それに関してはきちんと叱られていた。それでも彼女は「この髪型は私のポリシーだ」とかなんとか言って無視していたのには驚いたけれど・・・。

 

私からすれば、彼女はいつも見た目で損をしているように見えたが、それでも本人は自信に満ち溢れていた。誰がなんと言おうがお構いなしで、自身をちゃんと愛せている人だった。

一方、私は全くの正反対で、いつも周りの目を気にしてしまう自信の無い人間だった。だからこそ、私の目に映る彼女は尚更格好良く、魅力的だったのかもしれない。

 

いつしか、我が道を見失わずに歩いている彼女の生き方に、誰よりも憧れるようになった。それと同時に、彼女の友人で居られる事が誇らしかった。