灰色達夜鷹◆第二羽
遮光カーテンで覆われた薄暗い部屋へ帰り着いた。
靴を脱ぎ、取り敢えず玄関先に置かれたアルコール消毒を左手に振り掛け、両手の爪先まで馴染ませる。そして、靴や被っていたキャップの帽子など、たまにしか洗わない物には除菌スプレーを軽く振り掛ける。
リビングに入る。先程買った弁当と借りてきたDVDを、バーテンダーのようにテーブルにスライドさせた。
そしてすぐに洗面所へ向かう。着ていた洋服や靴下や下着を全て洗濯機の中へぶち込み、おまかせ洗濯コースを選び、スタートボタンを押す。
全裸のまま手を洗う。泡で出てくるハンドソープを2プッシュし、頭の中で30秒数えながら手洗いを済ませる。少量の水を両手で掬って、口内に含み、濯ぐ。その後、嗽を2、3回繰り返す。
その流れで風呂場へ入り、シャワーを浴びる。
これが外出から戻った際の一連の流れ。こんなご時世になるまでは、ここまで神経質ではなかったのだけれど、気が付くと念には念をという性格が酷くなってしまっていた。
本当に息が詰まる。
パジャマ替わりに購入した洗いたてのスウェットに着替え、髪の毛から滴が落ちるのをバスタオルで拭いながら、冷蔵庫の中にある冷えた麦茶を取り出し、コップに入れて一気に飲み干した。
そして、テーブルの椅子に座る。
はぁ・・・今日も終わる。
溜め息を吐いた。
濡れた髪の毛をドライヤーで乾かした後、すっかり冷めてしまった弁当に手を伸ばす。プラスチックの透明な蓋なので、内側に水蒸気がプツプツと付いているのが見える。気を付けながらゆっくりと開けたのだが、水滴が少し掛かってしまった。海苔やご飯が余計にべしゃべしゃになる気がして、これが凄く嫌だ。再び溜め息を吐きそうになったけれど、無理矢理に引っ込めた。
小さく合掌をし、おかずの金平から口に運んでいく。一人寂しく食事をしている姿が、テレビの黒い画面に映っている。此方の自分と目が合った。
虚しい。
以前は、少なくとも月に4、5回は友人と集まって宅飲みをしたり外食をしていたのだけれど、今は誰とも会ってご飯を食べる事が出来ないし、県外の実家にも帰れない。
辛いし、もういい加減しんどい。
誰が悪い訳でもない。それでも、色んな事を制限されてしまう事によって、人の心も削がれてしまうような気がしてならない。
夕食を済ませ、空いたコップや使用済みの箸を洗い、プラスチックの弁当の容器も軽く洗ってゴミ袋の中へ捨てた。
調度、洗濯機が音を立てて終わりを知らせてくれたので、少量の洗濯物を部屋の中へ干し、用事が全て終わってから温かい珈琲を淹れた。
ローテーブルに湯気が出ているマグカップを置く。
DVDプレーヤーの電源ボタンと開閉ボタンを押し、借りてきた旧作のDVDを入れた。シュイーンとディスクが回る音がする。
リモコンを持ったままソファに腰掛ける。太腿から足先までブランケットをグルグル巻いて、半分だけ芋虫と化した。
コメディ映画。最近笑う事が減ったので、少しでも笑えるといいと思ったのだが、最初に期待し過ぎてしまった。
アクション映画。
ホラー映画。
どれも決してつまらなくはないのだけれど、心の底から楽しむ事は出来なかった。
気付けば、時刻は夜の2時を過ぎていた。